06.28.14:58
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01.27.14:15
研修に行ってきました。
『今年の風邪は、たちが悪い』って、何か毎年聞きませんか?
風邪よりも、もうすぐやって来る花粉の季節が怖い。
久々の登場カスタマー水出です。
研修の為、箱根へ行って参りました。
天気も良くて、暖かくてよい
大阪から新幹線で小田原まで出て小田原から乗り換えて箱根湯本へ
観光客はもちろん多いのですが、研修施設も多いのでスーツ姿の方が多くて驚きました。
箱根で1泊して、温泉も満喫(笑)
翌日帰阪。
新幹線の時間まで小田原を散策してきました。
なかなか来ることもないですし、まずは・・・
戦国末期の最強クラスの城郭で北条家の本拠地として、
上杉謙信、武田信玄でさえ落とせなかった
『小田原城』へ
城好きにはたまらん場所です(笑)
しかし・・・・
すごい大きいという先入観が強すぎたのでしょうか、
あれ?て感じの大きさでした。
現在のお城は昭和30年代に建て替えられたもので、
建設当時の図面を元に再建されたそうです。
天守閣よりも堀や場内の区画に工夫が施されている
完全に防御特化の城郭だったようです。
【当時のジオラマです】
高台にある為、眺めは最高!
相模湾を一望できるロケーションでした。
展示物も武家の物だけでなく、町人、商人、職人などの
道具など生活に根付いた物が多かったです。
組木細工や鋳物、刀工など職人文化が発達した地域だったみたいです。
城を出て、駅前を散策。
箱根への中継点の為、お土産屋や飲食店も多かったです。
名物は干物、梅干、かまぼこ、そして意外にも外郎(ういろう)。
外郎さんという薬師の方が戦国初期に北条早雲に招かれて小田原へ。
以来、朝廷との外交を担当したそうです。
朝廷の使者をもてなす為に出されたのがお菓子のウイロウで。
この製法が全国に広まったそうです。秀吉の小田原征伐の時には、
元々あった北条家ゆかりの商家や人々は小田原から追放されたそうですが、
朝廷の影響力が強い為、外郎家だけは許されたそうです。
北条家はその後どうなったかというと・・・・・
最後の当主の氏直は高野山にて蟄居。
弟の氏忠が河内の国狭山(大阪狭山市)に1万石をもらい
明治まで続いたそうです。
まだ色々、散策して見つけてきた物が(お笑い含む)たくさんあるのですが、
長くなりますのでこの辺で(笑)
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